不老長寿の守護大連神社に参ってきました。
不老長寿の守護大連神社に参ってきました。

不老長寿の守護大連神社に参ってきました。

大連神社(赤間神宮)

赤間神社境内の東側に鳥居と山に続く階段があります。「不老長寿の守護」大連神社へ、と案内板が出ています。

 

大連神社(赤間神宮)

その案内板の先には鳥居があって階段が続いています。

 

大連神社(赤間神宮)

これも鳥なのでしょうか、そこをくぐると

 

大連神社(赤間神宮)

さらに階段が続いてます。

 

大連神社(赤間神宮)

さらに鳥居があります。

 

大連神社

鳥居を通りすぎて、階段の上に見えてきたのが大連神社です。

 

大連神社

拝殿。階段から正面を見たところです。

 

大連神社

紅石稲荷側から見た写真です。

 

大連神社

御社殿の由来
大連神社の御社殿は昭和のはじめ熱田神宮御造営奉賛の功績により撤下御用材の尾州桧を拝受された貝島太市翁が、渡辺長男氏謹作の明治天皇御尊像を奉斎するために下関市長府の自邸内に日の本神社として建立鎮祭せられた御社殿を御神縁を得て貝島家からの譲渡をいただきこの地に移築されました。(現地の説明板による)

 

大連神社

大連神社御由緒
明治三十九年十月一日、日露戦戦役終焉と共に、満州国の玄関口、大連市総氏神として鎮座せられて以来40星霜、昭和二十年八月大東亜大戦終結するや、ソ連軍保護のもと、同二十二年三月十四日、御神体は、神宝と共に帰国し福岡市筥崎宮に仮奉安、同二十八年三月、赤間神宮神苑に小祠を建立、やがて伊勢神宮第六十回式年遷宮に際し、御祭神の由緒に依り、古殿1棟を賜り、造営事業を開始し、神域の拡張成るや関門の風光絶佳なる此の聖地に永代鎮座されたりと云爾。(現地の説明板による)

では。

(撮影日2009.01.28)