山頭火句碑(川棚のくすの森)
山頭火句碑(川棚のくすの森)

山頭火句碑(川棚のくすの森)

山頭火句碑(川棚のクスの森)

大楠の枝から枝へ青あらし   種田山頭火

川棚の山の中、楠の森の横にある種田山頭火の句碑です。山口県の人は種田山頭火のことを大事に思っているのか、山頭火の足跡のあるところには句碑が建てられていることも多いようです。昭和7年山頭火は川棚に来ています。

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五月廿四日[#「五月廿四日」に二重傍線] 晴、行程わづかに一里、川棚温泉、桜屋(四〇・中)すつかり夏になつた、睡眠不足でも身心は十分だ、小串町行乞、泊つて食べて、そしてちよつぽり飲むだけはいたゞいた。川棚温泉――土地はよろしいが温泉はよろしくない(嬉野に比較して)、人間もよろしくないらしい、銭湯の三銭は正当だけれど、剃髪料の三十五銭はダンゼン高い。

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川棚温泉の印象はあまりよろしくないようです。楠の森を訪れたのは6月14日。行乞記にはこうあります。

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晴、朝の野べから青草を貰つてきて活ける、おばさんから貰つて活けてをいた花は、すまないけれど、あまり感じよくないから。青草はよい、葉に葉をかさねて、いき/\としてゐる。来信数通、みんなうれしいたよりであるが、殊に酒壺洞君、緑平老、井師からの言葉はうれしかつた。返事を書かうと思つても端書がない、切手を買ふ銭がない、緑平老への返事は急ぐので、やうやくとつておきの端書一枚を見つけて、さつそく書いた。貧乏は望ましいものでないが、かういふ場合には、私でも多少の早敢(マヽ)なさを覚える。嚢中まさに一銭銅貨一つ、読書にも倦いたし、気分も落ちつかないので、楠の森見物に出かける、天然記念保護物に指定されてあるだけに、ずゐぶんの老大樹である、根元に大内義隆の愛馬を埋葬したといふので、馬霊神ともいふ、ぢつと眺めてゐると尊敬と親愛とが湧いてくる。往復二里あまり、歩いてよかつた、気分が一新された、やつぱり私には、『歩くこと』が『救ひ』であるのだ。

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で楠の森で詠まれたのは三句。

注連を張られ楠の森といふ一樹

大楠の枝から枝へ青あらし

大楠の枝垂れて地にとゞく花

(「行乞記」 青空文庫

(撮影日2008.05.04)

では。