インドの貧困地帯で売春する女性の物語を読んだ。
インドの貧困地帯で売春する女性の物語を読んだ。

インドの貧困地帯で売春する女性の物語を読んだ。

37/1000 「裸足のシャーミカ:スリランカの物乞い娼婦のこと」鈴木傾城
38/1000 「コルカタ売春地帯:インド最底辺の女たちとハイエナの物語」鈴木傾城

 

こけた。段差に気がつかなくて、体のバランスを崩して、たてなおせずにこけました。すぐ横をジョギングしている男に人が通り過ぎたので、痛いというより恥ずかしくて、何事もないように立ち上がったのだけど、手から血が出ていました。右手の掌と、左手の甲。

今日は2016年最後の日、大晦日。神社による厄年云々、というのは全く信じていないのですが、最後になって、こんなことになるなんて。とほほです。

トイレの手洗いで、水洗いして血を洗い流したのだけど、しばらく止まりませんでした。

 

確実に言えることがあるとするならば、この娘が持つ負の魔力は、強力な腐臭を漂わせ、見ている者を悲しくさせ、それがゆえに、同じ腐臭を持つ人間を立ちどまらせて引き込んでしまうのだ。私はそうやって彼女に引き込まれた。

さて、最後を締めくくるのにふさわしくないかもしれないけど、鈴木傾城氏の著作を2冊。最初に読んだのが「裸足のシャーミカ」。これは短編ですぐに読み終わってしまったのだけど、あまりの内容にびっくりして、立て続けに「コルカタ売春地帯」読みました。

旅に出ると多かれ少なかれ、いろんな触れ合いがあって、たとえば宿や駅や街角で土地の女性に恋することもあるかもしれません。それがほのかな触れ合いならテレビのドキュメンタリーになるような感動の物語になるのかもしれませんが、この2冊の本はまるで違いました。

今アマゾンでは彼の本は9冊販売されていて、タイトルを見ると同じ傾向、つまり貧困のため売春をする女性との交流を書いたもののようです。

シャーミカとは娼婦の名前。表紙にはブラックアジア的小説とあるのでこれは小説のはずなのだけど読んでいるうちにこれは現実の話かもしれないと思えてきます。

裸足のシャーミカは裸足でトイレの前に立っていたシャーミカと言う名の女性を買った話。買ってくれた男を待たせてシャワーできている服を洗濯していたところで思わず胸が詰まります。

 

コルコタは、インド最悪の、いや世界最悪の喧噪と混沌にまみれた場所だ。持たざる人々が各地から流入し、それが世界最悪と呼ばれる巨大なスラム街を作り出している。そして、スラムの中で女が身体を売る。コルコタのスラムにはいくつか売春地帯となった場所がある。ムンシガンジも、そんなスラム売春地帯のひとつだった。

本文中ではコルコタと書かれているのだけど、タイトルではコルカタと書かれていて、これは地名で昔のカルカッタのことらしい。カルカッタなら聞いたことがある。聞いたことはあるけれど、行ったことはありません。

なので現実がどうなのか、アジアの貧困地帯が実際に売春地帯なのかわからないのだけど、カーストの最底辺の暮らしが未だにここに書かれている通りだとしたら、全く救いがない。その救いのない社会にも人は生まれ、もがき苦しみながらそれぞれの人生を生きている。

主人公は日本人で女を買って寝るためだけのためにインドにいる。貧困に対しては傍観者であり女に関しては観察者であり、奪う側。その主人公の買った、寝た女性たちとその取り巻きたちの話。具体的で細かい描写は、心のひだも繊細に描き出す。

文章は読みやすく、内容はハードでダークだけど、素晴らしい。現代の日本の(夜の果への旅を書いた)セリーヌと言った感じです。

アジアの闇をテーマにしたという ブラックアジア のサイトには「売春地帯をさまよい歩いた日々」というページがあります。有料会員になると読めるのですが、有料会員ではないので内容はわかりません。このタイトルからすると作者は実際にこの本の舞台に行ったことがあるのでしょう。ブラックアジアとドメインの種類だけが違う、日本で最も「危険を感じさせる」と言われているという ダークネスDUA というサイトもあります。

いずれもkindle unlimited で。買えば裸足のシャーミカは360円。コルカタ売春地帯は500円。買う価値あり。ぜひ。