幕末の当主助太夫(九三)は、龍馬の活動を物心両面から支えた人物です。龍馬と助太夫(九三)との関係は龍馬が薩長同盟実現に向けて下関を訪ねた慶応元年(1865年)に始まりました。以来、龍馬は下関を訪ねる度に伊東家を寄宿先とし、慶応3年2月10日からは同邸の一室「自然堂」を借り受け、愛妻お龍とともに暮らし始めます。
伊東家では、龍馬の朝帰りにお龍が激怒することもありましたが、夫婦で歌会に参加するなど、仲睦まじい日々を送りました。(説明板による)
これはかなり前からある説明板。
これが今回建てられた説明板。
この上に見えているのは春帆楼です。観光地らしくこんなものが設置してあります。
同じ場所に「明治天皇西国行幸(西郷隆盛供奉)行在所手洗鉢」があります。
では。