国道435線から粟野川にかかる狭い橋を渡ると正面にこの一の鳥居が現れます。車がやっと通れるほどの狭い道が続いています。ここを右に迂回していくと、神社の横から境内に入る道がありますが、道から神社も見えず、標識がないのでわかりづらいです。車というより、歩いて参るのがいいかも。
二の鳥居の下をくぐって見えてきたのが三の鳥居と大きな楼門。大きくて立派な楼門です。
拝殿。
車を止めた拝殿横から。
田耕神社由緒
天満宮は川中曽にあった一浄寺が供奉し、天永元年(1110)に総鎮守としてまつった。この御神体は一時、華山神上寺へ、更に上太田へと遷され、応永三十一年(1424)松崎天神として杣地にまつられた。八幡宮は天満宮に近い杣地に鎮座し、年代は不明ながら最古の記録は応永六年(1399)であることからそれ以前の創建である。厳島神社は現在の小野にあって年代は不明であるが、殿居厳島神社より勧請し平安末期に創建されたと伝えられる。天満宮と八幡宮は明治四十一年(1908)に合併して田耕神社と社名を改めた。厳島神社は昭和三十四年(1959)田耕神社に合祀された。(現地の由緒書きによる)
狛犬。右。
狛犬。左。
手水舎。
社号額。
右にある東神社。
手前の石碑には「神徳碑」と刻まれています。
楼門の横には、背の高い木が建っていました。何の木だろう。
では。