日清講和記念館
日清講和記念館

日清講和記念館

日清講和記念館

春帆楼の敷地の中にある日清講和記念館です。すぐ横が赤間神宮です。

 

日清講和記念館

誰もいないので自由に観覧できます。

 

日清講和記念館

開館時間は 午前9時~午後5時 年中無休です。引接寺からまっすぐ山肌を通ってくると、ここに突き当たります。
途中には藤原義江記念館があります。

 

日清講和記念館

この記念館は、日清講和会議に使われた調度品類や、貴重な資料などを公開するため、昭和12年に開館されました。
展示品の中でも、特に椅子類はかつての浜離宮のちょうどで、ランプ、ストーブ、硯箱、インク壺、朱肉入れなどと共に、講和会議の様子を今に伝える貴重な資料です。明治28年(1895)に隣接する春帆楼を会場に行われた日清講和会議は世界の外交史に残るもので、日本全権弁理大臣伊藤博文と清国講和全権大使李鴻章の二人を中心に両国の代表二名が列席して和議交渉を行いました。なお、この交渉の途中で、清国全権李鴻章が暴漢によって狙撃され、負傷するという事件も発生しました。(現地の説明板による)

 

日清講和記念館

中に入っていきます。一番奥にあるのがこれ講和会議の部屋を再現したものです。ガラスに囲まれていて触れることはできません。

講和会議の再現。
ここでは日清講和会議で実際に使用された調度品を記録に基づいて配置し、会議場の様子を再現している。会議は春帆楼の2階の大広間で行われた。(当時の春帆楼の建物は昭和20年[1945]の戦災で焼失。)会議場は、浜離宮から下賜されたといわれる椅子をはじめとして、ランプ、ストーブ等の様々な調度品で整えられた。会議終了後、これらの調度品は当地の有志に下賜され、貴重な歴史的遺品として保管されることとなった。毎年講和記念調印の記念日(4月17日)に春帆楼において公開されたという。その後下関市へ寄贈され、記念館建設のきっかけとなった。(現地の説明文による)

 

日清講和記念館

通路は狭いです。建物自体が大きくないので。

 

日清講和記念館

写真が残されていました。

 

日清講和記念館

日清講和記念館

では。

(撮影日2009.04.21)


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