鞆の浦の史跡と尾道の町並みを散策する旅 その14尾道といえば放浪記の林芙美子。
鞆の浦の史跡と尾道の町並みを散策する旅 その14尾道といえば放浪記の林芙美子。

鞆の浦の史跡と尾道の町並みを散策する旅 その14尾道といえば放浪記の林芙美子。

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

猫と別れて路地を右に入ります。石段と家ばかりの中ちょっとした空き地があって花が咲いていました。ちょっとほっとします。上着は脱いで腰に巻いていたのですが、少し汗ばみました。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

階段を上がったところに放浪記の石碑がありました。左に行くと横山美智子の緑の地平線の石碑と高垣眸の快傑黒頭巾の石碑がありました。快傑黒頭巾はなんとなく知ってるけど・・。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

300円払って中に入ります。準備中の札が出てたのですが、実はすでに開館してました。JAFの会員だと安くなるので会員証を持っていくといいよ。人の良さそうなおじさんが対応してくれました。今は、林芙美子の展示会を各地で行っていて、遺品を持ち出しているので少ないと言われましたが、それでも沢山ありました。写真は撮ってもよいということでした。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

福山ゆかりの文学者といえばやはり林芙美子。生まれは我が下関だと放浪記の冒頭に書かれてますが、本当のところは北九州みたいですね。さて色々展示してあった中でこれは遺品の中の印鑑。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

写真もたくさんありました。これは自宅で撮った写真で一番左が林芙美子、そして笠置シズ子、加藤治子。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

書斎が復元されています。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

着物の右の写真は等身大だそうです。143センチ。小柄ですね。1950年九州旅行での写真。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

これが放浪記。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

林芙美子の右に写っているのは川端康成。立ち姿の写真は初めて見ましたけど、やはりがりがりの体型のようです。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

先ほどの写真にも写ってました。息子(養子)の泰との食事の風景。

 

秋の行楽、鞆の浦・尾道に行ってきた。

文学記念堂から見た外の風景です。実にのんびりしてます。ここでは2組の観光客としかすれ違いませんでした。

続きます。