過去に想いをはせる

二義少年の碑

投稿日:2010/08/15 更新日:

山口市大内長野の県道26号線沿いにある二義少年の碑。右に見える鳥居は長野八幡宮の鳥居です。二義少年の墓は大塚古墳にあると書かれていましたが、この碑の近くのはずなんだけど、大塚古墳そのものが見つけられませんでした。暑い中歩いて探したんですけどね。案内板があっても古墳はわかりにくいところにあることが多いです。

この碑は大内長野の八幡宮参道脇にあり、明治32年建立されたもので、品川弥次郎の文で、書は大内村出身で書家として有名な野村素介です。江戸時代にこの地の領主益田氏の家臣が米の不作の時でも過酷な年貢の取立をし、不納のものは水牢に入れるなどの悪政をなし農民を苦しめていました。この家臣を除き村人の安泰をはかるため、清介、角左衛門という2人の青年が種々画策しました。その時江戸から北六十六部大川伊左衛門というものが萩本藩に訴えるのが一番よいといって訴状を書き与えました。2人はそれをもって萩本藩に直訴しました。藩ではこれを認め、益田領の責任者を罰したが、直訴した2人もその罰で処刑になりました。長野はその後萩本藩の領地になり、農民は安泰に暮らせるようになりました。またこの碑の前にある祠堂は、二義少年の霊をまつったものです。(「ふるさと山口」)

では。

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