震源地近くで宿が地震に揺れた夜 その6川端康成文学碑
震源地近くで宿が地震に揺れた夜 その6川端康成文学碑

震源地近くで宿が地震に揺れた夜 その6川端康成文学碑

川端康成文学碑(大分県玖珠郡九重町)

大夢吊橋から向かったのがくじゅう花公園。車で走っている途中で偶然見つけたのがこの川端康成文学碑です。

 

川端康成文学碑(大分県玖珠郡九重町)

夢大吊橋から道を南下して長者原に行く途中にあります。

 

川端康成文学碑(大分県玖珠郡九重町)

正面表側。

 

川端康成文学碑(大分県玖珠郡九重町)

裏側には小説「波千鳥」の一節が刻まれています。

 

川端康成文学碑(大分県玖珠郡九重町)

この文学碑は、川端康成先生が、昭和二十七年秋と二十八年夏、二回の九重来遊で、名作「千羽鶴」の続編「波千鳥」に、先生独特の名文を発表した、その遺徳をしのび、後世に伝承するため川端家の承認を得て、建立したものである。
碑石は玖珠川の下流のツタリの岩の石を用い、正面の碑文は、先生がノーベル文学賞受賞の折行った記念講演、「美しい日本の私」の中で、特に説明のあった「雪月花の時最も共を思う」の詩語を、スエーデン産の黒御影石に、
また裏面の碑文は、「波千鳥」の中の二節を刻印したものである。(現地の説明文)

 

川端康成文学碑(大分県玖珠郡九重町)

木製の標識。

 

川端康成文学碑(大分県玖珠郡九重町)

もうひとつ。石碑。

続きます。

(撮影日2009.06.25)


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