観道行者墓 ふるさと小郡たずねある記100選その54
観道行者墓 ふるさと小郡たずねある記100選その54

観道行者墓 ふるさと小郡たずねある記100選その54

観道行者墓

旧招魂社を通りすぎて細い山道をさらに下ります。暑いばかりで、汗だくになりながらあるきます。ほんの数十メートルで見えてくるのがこの観道行者墓の説明版。

 

観道行者墓

山手下の旧招魂社入口近くの道のそばに黒ずんだやや大きな墓がある。金剛院観道という江戸後期の行者(山伏)の墓で、酒好きだったがぜんそくを患い寛政3年(1791)に亡くなった。法力世に優れ権代僧都(ごんのだいそうず)にまでなったが私心がなく、貧者の救済に力をつくした。天明年間には高砂山のマムシの害をなくす功績があったと伝えられる。(ふるさと小郡たずねある記100選)

 

観道行者墓

お酒が供えてあります。そういえば、酒好きだった書かれてましたね。墓の表面の文字は読み取れにくくてよくわかりませんが戒名らしき名前が彫られてました。

 

観道行者墓

さらに道を下り山道から一般道に変わる境目の角にあるのがこれ。この角は秋葉大権現への分かれ道にもなってます。赤いよだれかけがかわゆい。

 

観道行者墓

これは?。観道行者の像らしくも見えるけど。役行者かもしれません。ひょっとしたら弘法大師かなあ。足元の石には修行という文字が見えてますけどね。

では。