「 ふるさと小郡たずねある記100選 」 一覧

三原屋本陣跡 ふるさと小郡たずねある記100選その76

現西中国信用金庫小郡支店は文久3年(1863)8月19日に起こった幕府使節殺害事件現場の三原屋本陣のあったところ。幕府は長州藩が下関で米艦を砲撃したことを詰問するため中根市之丞らを派遣した。一部の過激 ...

ばんやばし ふるさと小郡たずねある記100選その78

駅通りから明治北に入った通りに「ばんやばし」と彫られた小さな石柱がある。この付近一帯を番屋といい、下を水路が流れていた。もともと低い田んぼばかりだったが、明治33年(1900)に小郡駅ができて次第に開 ...

泉福寺の地蔵様 ふるさと小郡たずねある記100選その55

さて、へとへとに疲れて山から下ってきました。車を止めた市役所に戻る途中にあったのがこれ。   山手下の龍光寺前に建つ地蔵様は、もと泉福寺のものであった。泉福寺は柳井田に中領八幡宮の社坊として ...

三原屋事件殉難士墓 ふるさと小郡たずねある記100選その52

三原屋事件殉難士墓。左に見えているのが秋葉大権現。 幕末、長州藩と幕府の対立を決定的にした事件。小郡の本陣・三原屋で幕府の詰問使山根市丞一行を一部の奇兵隊士らが襲撃、3名の随員を暗殺した。文久3年(1 ...

城塞型砂防ダムと展望広場 ふるさと小郡たずねある記100選その50

いよいよ登山っぽくなってきました。登山道から町並みが見えます。この一画だけですね。展望が開けているのは。左右に見えている線路山陽新幹線。手前にauと明屋書店の看板が見えているので、9号線が走っているは ...

秋葉大権現 ふるさと小郡たずねある記100選その51

ふるさと小郡たずねある記100選その51は「弥勒菩薩と秋葉大権現」本にはこうあります。 「高砂山の山中、十数mもある巨岩の洞穴にまつれれているのが弥勒菩薩である。これを安置したのは行者の金剛院観道で、 ...

観道行者墓 ふるさと小郡たずねある記100選その54

旧招魂社を通りすぎて細い山道をさらに下ります。暑いばかりで、汗だくになりながらあるきます。ほんの数十メートルで見えてくるのがこの観道行者墓の説明版。   山手下の旧招魂社入口近くの道のそばに ...

旧招魂社(維新諸隊士の墓) ふるさと小郡たずねある記100選その53

暑くて、死にそうな夏の日。こんな日は水分補給のためのペットボトルと、日の光を遮るタオルくらいは準備しておかないと倒れそうになります。山口市役所小郡総合支所の西側、山手市も公民館の反対側に住宅街を少し入 ...

お旅所(大正上中下区公会堂) ふるさと小郡たずねある記100選その77

大正中区の公会堂(公民館)は一風変わっている。 もともと熊野神社のお旅所として昭和9年に建てられた。 神社はいま中領八幡宮の神域にある。 これが公会堂になったのは戦後、大正上・中・下3区共同の集会所と ...

弁財天池 ふるさと小郡たずねある記100選その98

品川神社のある農協会館から坂を少し下って、西に入った所にある鳥居と池です。鳥居は天明二年(1782年)のものらしい。   この鳥居の下の部分は色が白いので、修理されたように見えます。 &nb ...

椹野川の修工を伝える東津の碑

椹野川の修工を伝える東津の碑 ふるさと小郡たずねある記100選その89

椹野川の東津にある石碑です。駐車スペースがないので立ち止まる車はありませんねえ。左右に東津橋の名を刻んだ親柱、真ん中に石碑、右に碑文の解説があります。   見えてませんが手前方向に東津橋があ ...

厳島神社(山口市小郡東津中)

厳島神社(山口市小郡東津中) ふるさと小郡たずねある記100選その88

厳島神社(猿宮様)はもとは元橋百谷(ももだに)にあったが、東津が開作された時、現在地に移転した。当社所有の六百巻から成る大般若経は嘉慶2年(1388)から38年をかけて完成したもので、市の文化財に指定 ...

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